東京高等裁判所 昭和33年(ナ)4号 判決 1958年8月20日
原告 栗原義重
被告 千葉県選挙管理委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は「被告が昭和三十三年四月十四日した同年一月十三日執行の千葉県君津郡小櫃村長選挙につき原告の提起した選挙の効力に関する訴願棄却の裁決を取り消す。右選挙は全部無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として
原告は千葉県君津郡小櫃村長の選挙権及び被選挙権を有し、昭和三十三年一月十三日執行の同村長選挙に同月八日立候補したものである。
一、選挙期日の告示の違法とこれが選挙結果への影響
小櫃村選挙管理委員会(以下村選管と略称する)は右選挙について同月六日これを同月十三日執行する旨の告示をしたが、町村長の選挙期日はその告示の日と期日との間に少くとも七日の期間を置いてなされることを要するものである(公職選挙法第三十四条第六項第五号)から、右告示はこの点に違法がある。
しかして、この違法の告示のために選挙運動の期間が短縮され、原告は活溌な運動をすることを妨げられたのであるが、かようなことがなかつたとすれば、選挙の結果は異なつていたかも知れないのであるから、本件選挙は全部無効と決定されるべきである。
二、村選管の組織の違法と選挙の無効
(イ) 本件選挙を執行した村選管は昭和三十二年七月二十七日小櫃村議会(以下村議会と略称する)において指名推選の方法で選出された根本亮、小林正信、塩谷保の三名の選挙管理委員で組織されていた(但し、根本は昭和三十三年二月九日委員を辞任し、同時に補充員太田奈美が新に委員に就任した。)が元来村の選挙管理委員は村議会において選挙権を有する者の中から単記無記名自書投票によつて選出さるべきものであり(地方自治法第百八十二条第一項)指名推選の方法によつて選出することは許されないものであるから、前記三名の委員の選出は違法且つ無効である。
(ロ) 村の選挙管理委員の選出に際しては同時に三名の補充員を選出すべきものである(地方自治法第百八十二条第二項)が前記委員の選出に際しては適法な補充員の選出がなかつた。すなわち、村議会は右委員の選出に際し、前同様指名推選の方法により太田奈美、高橋幸造、保坂権次の三名を補充員として選出し、太田を第一順位、高橋を第二順位、保坂を第三順位の補充員と定めたが、補充員の選出もまた委員の場合と同様に単記無記名自書投票の方法によることを要するのであつて、このことは地方自治法第百八十二条第三項が、委員を補充員から補欠する場合の順位について、補充員の選挙の時が同時であるときは得票数により、得票数が同じであるときはくじによつて委員長が補欠すべきことを規定している点からも明瞭であるから、右補充員の選出は違法且つ無効である。しかして、地方自治法第百八十二条第二項の法意は、最初に選挙管理委員会を組織するに当つては法定数の委員と補充員を同時に選出することを絶対の要件とし、一方の選出が違法無効である場合には他方の選出も違法無効とするにあるものと解すべきであるから、前記三名の委員の選出はこの点からしてもまた違法且つ無効である。
(ハ) 村議会々議規則によると、村議会の会議は議事時間延長の議決がなければ午後五時以後に議事を行うことはできないことになつている。前記委員及び補充員の指名推選の方法による選出の議決は議事録には午後五時以前に行われたように記載されているが、真実は午後五時以後に行われたものである。故に右選出の議決は違法且つ無効である。
(ニ) 根本亮は前記委員選出当時から千葉県君津郡小櫃中学校長であり、従つて、教育公務員特例法第三条により地方公務員としての身分を有するものとして地方公務員法第三十八条により任命権者たる千葉県知事の許可を受けなければ選挙管理委員のような報酬を伴う職務に従事することは許されないものであるが、同人はかような許可を受けたことはないから、同人の前記委員の就任は違法且つ無効である。
以上何れにしても本件選挙を執行した村選管は違法に組織されたものであるが、かような選挙管理委員会によつて執行された選挙は当然無効と解すべきであるから、本件選挙はこの点からもまた無効と決定さるべきである。
なお、前記指名推選の方法による委員及び補充員の選出が違法であること及びその選出の議決が午後五時以後に違法になされたものであることは村議会がその後昭和三十三年二月一日の定例会でこれらの違法を理由として右選出の議決を取り消したことによつても明瞭である。
よつて、原告は昭和三十三年一月十三日村選管に対し本件選挙を全部無効とするよう選挙の効力に関する異議の申立をしたが、村選管は同年二月九日及び同月十一日その申立を棄却する旨を決定し、同月九日及び同月十二日その決定書を原告に交付し、また、被告は、原告が同年三月一日右決定を取り消し、本件選挙を全部無効とする旨の裁決を求める訴願をしたのに対し同年四月十四日これを棄却する旨の裁決をし、原告は同月十六日その裁決書の送付を受けたので、ここに右裁決を取り消し、本件選挙を全部無効とする旨の裁判を求めるため本訴に及んだ次第である。
と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、
答弁として、
原告の主張事実中、原告がその主張のような選挙権及び被選挙権を有し、昭和三十三年一月八日本件選挙に立候補したこと村選管が本件選挙について原告主張のような告示をしたこと、原告主張の選挙管理委員及び補充員が昭和三十二年七月二十七日村議会で指名推選の方法により選出されたものであること、村議会が昭和三十三年二月一日の定例会で右委員及び補充員選出の議決を取り消したこと及び原告がその主張のような異議の申立及び訴願をし、これに対してその主張のような決定及び裁決がなされ、その決定書及び裁決書がその主張の日にそれぞれ原告に交付若しくは送付されたことは認めるが、その他の事実は争う。
(一) 公職選挙法第三十四条第六項に「投票期日の少くとも七日前」というのは、投票期日の前日を第一日として逆算し七日目に当る日のことであり、本件告示はこの算定方法により投票期日の七日前に行われたものであるから何らの違法もない。
(二) 地方公共団体の議会における選挙は議員中に異議がないときは指名推選の方法によることが許されている(地方自治法第百十八条第二項)のであるが、村議会が原告主張の選挙管理委員及び補充員を指名推選の方法により選出することについては議員中に一人の異議ある者もなかつたのであるから、その選出手続には何らの違法もない。
(三) 右選出の議決は午後五時以前に適法に行われたものである。
(四) 根本亮は昭和三十三年二月九日村選管に対し委員の辞任を申し出で、村選管は一応これを承認したが、承認手続に瑕疵があり辞任が効力を生じなかつたので、同月十三日改めて辞任したものである。
(五) なお、前記村議会の原告主張の委員及び補充員選出の議決取消の議決に対しては小櫃村長から千葉県知事に対し審査請求をし、その結果同年四月一日付で右取消の議決を取り消す旨の裁定があり、その裁定が確定しているのであるから、村議会が右取消の議決をしたことは少しも原告の主張を利するものではない。
これを要するに、原告の本訴請求はそのいわれのないものである。
と述べた。(証拠省略)
理由
原告の主張事実中、原告がその主張のような選挙権及び被選挙権を有し、昭和三十三年一月八日本件選挙に立候補したこと、村選管が本件選挙について原告主張のような告示をしたこと、原告主張の選挙管理委員及び補充員が昭和三十二年七月二十七日村議会で指名推選の方法により選出されたこと及び原告がその主張のような異議の申立及び訴願をし、これに対してその主張のような決定及び裁決がなされ、その決定書及び裁決書がその主張の日にそれぞれ原告に交付若しくは送付されたことは当事者間に争がない。
よつて次に原告主張の本件選挙の無効原因の有無について順次判断する。
一、選挙期日の告示について
本件では、公職選挙法第三十四条第六項第五号が、町村の議会の議員及び教育委員会の委員の選挙期日の告示は期日の「少くとも七日前に」することを要するものとしている「七日前に」の意味が問題となつているのであるが、それは、「選挙期日を第一日として逆算し七日目に当たる日の前日に」という意味と解するのが相当であり、そうすると、本件選挙期日の告示はその期日のちようど七日前になされたことになるから、右告示は適法というべきである。
二、村選管の組織について
(一) 地方自治法第百十八条第二項は、法律又はこれに基く政令により普通地方公共団体の議会において行う選挙について「議会は、議員中に異議がないときは………指名推選の方法を用いることができる。」と規定しているから、村議会が同法第百八十二条第一項により普通地方公共団体の議会における選挙により選出すべき選挙管理委員及び補充員を指名推選の方法により選出したからといつて、そのことだけを捉えて違法とすることはできない。原告は、同条第三項が委員に欠員を生じたときこれを補充員から補欠する順序について「………選挙のときが同時であるときは得票数により、得票数が同じであるときはくじにより、これを定める。」と規定していることからして委員及び補充員の選挙については指名推選の方法によることを得ないものであるとの結論を引き出しているが、この規定は、その体裁上補充員の選出が選挙によつてなされた場合について立言したものであつて、指名推選の方法によつて選出された場合とは無関係であることが明瞭である。
しかして、村議会が原告主張の補充員の選出につき、委員の補欠順位を定め、指名推選の方法による場合に、選挙による場合の右規定との関係上当然に要求される配慮をしたことは原告の自ら主張するところであるから、原告主張の委員及び補充員の選出については何らの違法もなかつたものとする外はない。
(二) 村議会々議規則に、会議は遅くとも午後五時に散会する旨の規定があることは、成立に争のない甲第一号証によつて明瞭であるが、右規定はその性質からみて効力規定ではなく、むしろ訓示規定と解するを相当とするのみならず、成立に争のない乙第二号証によれば昭和三十二年七月二十七日の村議会の定例会は午前九時四十分開会せられ、午後四時五十八分散会したことが認められるのであつて成立に争のない甲第二号証によれば右定例会において指名推選の方法により選挙管理委員に根本亮、小林正信、塩谷保を選出することにしたが、右会議は午後四時四十五分から始められたので僅か十三分では審議できなかつた旨の記載があるけれども、その記載は前記乙第二号証に照らしたやすく信用し難く、他に右選出が午後五時を過ぎてから行われたものであることを認めるに足りる証拠はない。
(三) 小櫃中学校が公立であり、その校長の任命権者が千葉県知事であること、根本亮が昭和三十二年七月二十七日当時から小櫃中学校長であること及び小櫃選挙管理委員が報酬を伴う役職であることは、成立に争のない甲第四、五号証及び弁論の全趣旨によつて明瞭である。そうすると、根本亮は右委員に就任するについては千葉県知事の許可を受くべく、その無許可就任は教育公務員特例法第三条、地方公務員法第三十八条第一項に違反するものといわなければならないが、右各法条は公務員の服務監督に関するものであつて、その禁止職業に対する欠格事由を定めたものではないから、根本が右各法条に違反して小櫃村選挙管理委員に就任したことは、その就任を無効ならしめるものではないと解するのが相当である。
(四) 本件を通じて根本亮が小櫃村選挙管理委員を辞任した日を確定するに足りる証拠はないが、原告主張のようにその辞任と同時に補充員の太田奈美が委員に就任したものである以上、根本の右辞任が村選管の組織の適否と無関係であることは言を待たないところであろう。
(五) なお、村議会が昭和三十三年二月一日の定例会で昭和三十二年七月二十七日の選挙管理委員及び補充員選出の議決を取り消す旨の議決をしたことは当事者間に争がないが、一方、この議決が小櫃村長の千葉県知事に対する審査請求により同年四月一日付の裁定で取り消され、その裁定が確定したこともまた原告において明かに争わず、これを自白したものとみなされるから、右議決のあつたことは本件の結論には何らの影響もないものというべきである。
これを要するに、村選管の組織が違法であつた旨の原告の主張はすべて理由がなく、これを採用することができない。
以上の次第であるから、選挙期日の告示の違法及び村選管の組織の違法を前提として本件選挙を無効とする判決を求める原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡咲恕一 田中盈 脇屋寿夫)